物語


ルツ(あるいは、ルク)が真夜中の編集部から電話をかけてくる。 私はすっかり仕事を忘れていた引け目から、「これから原稿をとりに行く」という彼らの強引な申し出を断れなかった。締切りはとっくに過ぎていたというのに、私はベッドでうつらうつらしていた。長い間、物語を書こうとしていた。ただ何か『物語』を書きたかったのだ。双子には会ったことがなかった。ルツとルクは、焦燥の夢の中で勝手に名乗ってきただけだ。

彼らの時間潰しと夜食のために、1970年代のプレイボーイ誌とフレンチ・ロースト珈琲とバター・クッキーをワゴンに並べた。 台所の扉をたたく音がした。 ひらいたドアの足元で、小さな双子はゴブリンみたいに意地悪じみていて、ほんの少しはにかんだ表情をしていた。聖書のようにブリーフ・ケースを胸に抱え、まことしやかに家の中を見渡す。あなたの罪は、この家のそこかしこにありますね。ほら、チェストの上の写真立て。笑っているのは恋人?ソファに寝かせたアコースティック・ギター。チューニングもろくにせずに。さっきまで歌ってたの、聴こえましたよ。あの曲は確か...)二人の両腕には、24時間営業の酒類量販店のビニール袋が引っかかっている。バーボンとコニャックが透けて見えた。私はパジャマにセーターを重ねるために寝室に行き、タートル・ネックからゴブリンたちをコッソリ覗くと、魚肉ソーセージを囓りながらバーボンを注いだショット・グラスをチビチビ舐めて、ダイニングルームのテーブルに広げた原稿の校正作業をはじめた。誰の原稿だろうか。よく書けた『物語』なのか。私は双子を嫉妬した。よく見ると、二人は微妙に個性が異なるハンサムだったが、双子ながら仲はあまり良くなさそうだった。

暁の特派員さえも『物語』をたずさえてはくれず、私は疲労に果てて白紙の束をダイニング・テーブルに投げた。双子のうちのひとりが骨董のゆりかごに横たわっていた。赤ん坊のふりをしたルツかルクかどちらかが、私にむかって威勢良くオモチャの喇叭を吹いて足をバタバタさせている。「まあまあ、ずいぶん大きくなったこと!」と私は顔を近づけて感心してみせるが、赤ん坊は挑発的な息を喇叭から吐き出し、私の劣情をかきたてた。

双子は空の封筒を受け取ると、帰りがけに食べかけの魚肉ソーセージをダイニングテーブルに並べ、「全部どうぞ、食べてください。物語はいらない」と、意地悪じみた眼差しを私の素足に走らせ「タクシーを呼んでもらってもいいですか」と狡猾に言う。ああ、私の家に訪れたことを知られたくないのだな、と直感する。いったい誰に?誰に知られたくない?そもそも彼らが集めた物語を編む出版社など、この街に存在するのだろうか。いつも、ルツかルク -声だけでは、どちらがどちらかわからない- と電話でやりとりするだけだった。

双子を乗せたタクシーは、湖面に映り込む白んだ空に消えていった。私は、再びルツとルクが組んず解れつクリークに漂い、まことしやかに台所の扉をたたく薄明を待つことになるのだろう。


© prose poetry by hiromi suzuki, 2015

書き下ろし散文詩 『物語』 / 鈴木博美